クルマ遍歴
今日、クルマを車検に持ち込んできました。某ドイツ製ステーションワゴン1800cc、ボロです。とくに、これでなければということではなかったのですが、ちょっと経緯があって乗り始めて2年、まあまあ気に入ってます。FF誌にも、フライフィッシャーがどんなクルマに乗っているかという特集もありました。クルマ好きのフライフィッシャーも多いようですし、どんなクルマに乗っているかでその人のFFのスタイルなんかも想像できます。
思えば、クルマ好き小僧でした。小学校のときスロットレーシングカーというのが流行りました。溝の左右にあるレールから電源をとって走らせるものです。真鍮パイプでシャーシを作ったり、モーターのエナメル線を巻き替えてチューンアップします。このときのハンダ付けの経験が官釣り秘密兵器製作に生きました。中学になってカーグラ(Car Graphic 自動車雑誌)に目覚めてF1やルマンなどのレース好きになりました。当時、F1はイタリアンレッド、ブリティッシュグリーンやジャーマンシルバーなど広告ではなくナショナルカラーでした。我がホンダは白地に日の丸、ロータスのジム・クラーク(無意識に間違ってジム・グリーンと打ち込んでいました)がスターでした。 ※ジム・グリーン=最近なくなったフライキャスティングの名手。
晴れて18歳になって初めて乗ったクルマは、いすゞべレット。もちろん自分で買ったのではなく家のでした。べレGではないがSUツインキャブ装備のスポーツタイプ、滑りやすかったので雨の日わざと急ハンドルを切ってドリフトの真似事をやっていました。
社会人になって買ったのがフェアレディZ。給料のほとんどをローンの支払いに充てました。開通したばかりでほとんどクルマの走っていない西名阪で全開でした。でも、ほんとうに欲しかったのはアルファロメオ・ヴェローチェやBMW2002、フェアレディZの3倍近い価格です。とても手が届くはずもなくフェアレディZにしたのですが、やはり長続きせずにローンの完済を契機に手放すことに。
次に、例のカーグラの影響でシトロエンGSを購入。またまたローン発生。ハイドロニューマチックというオイルと空気のサスペンション。凸凹の地道でもほとんど揺れない絶妙の足回り。林道で調子に乗って砂利に足をとられ崖から落ちかけたことも。確か野麦峠辺りでしたが、この頃なら釣りもよかったでしょう。エンジンは空冷フラット4、ボクサーのバタバタ音が気に入っていました。エンジンを切ったらゆっくり車高が低くなり、佇んでいる様は猫のようです。
その後、ミニクーパーに憧れて手に入れたがイメージとは違っていて短命に終わったMini1000、スキー場への登りでノーマルタイヤでもスイスイ上がったルノーキャトル、そして初代ホンダシティなど。また、シトロエンに戻ってGSよりふた回り大きなボディのCX。踏み込むとお尻がグーッと沈んでこのまま加速するとで飛行機みたいに飛んでいきそうでした。異次元の乗り味でした。でも、原因不明のエンストやスキーに行ってJAFのお世話になったりと短命でした。で、今度はニューモデルのシトロエンBX。ハイドロニューマチックなのに普通のクルマみたいでまあまあでした。
今度は、当時流行っていたボルボ740ターボワゴン。これに乗り始めてしばらくして、フライフィッシングを始めました。鳥取の大山や福井のU川にぶっ飛んでいきました。やっぱり四駆が欲しくなってランドローバー ディスカバリーにしました。初代モデル(3500cc マニュアル)の試乗車落ちでした。走破力があるばっかりに無理をするので、サンルーフに倒木が突き刺って動けなくなったり、脱輪して大破したり満身創痍でした。でも、この2台の頃がFFに最も熱い時代でした。
ちょっと落着いて、スバルレガシー(大人しいブライトン)にしました。仕事にも使ったので2年で6万キロも走りました。また、変な血が騒いで年甲斐もなくアルファロメオ147。セレスピード(セミオートマチック)を駆使して釣りの行き帰りも楽しめました。4万キロほど走ったところでエンジンが不調になり今のクルマになった顛末は以前の記事のとおりです。
この他にも、印象に残っていないのや忘れてしまったものもあると思います。大半が中古ですが、すべてをフライフィッシングにつぎ込んでいたならとも思いますが、もっといい時代を知ってしまっていたなら飽きるのも早かったかもしれません。30代半ば過ぎに始めてよかったと思います。どこかの銀行のCM(たぶん関西圏だけ)ではないですが、細く長~くのお付き合いでいたいと思う今日この頃です。











